そんなに正社員がいいですか?

日本郵政が同一労働同一賃金を進めるため、正社員だけに与えられていた手当を廃止にすというニュース。私は当然の流れで良いことだと思うのだが、どうやら違うらしい。

日本郵政グループに「違うそうじゃない」と総ツッコミ 正社員の住宅手当カットで非正規との待遇格差是正?

多くのコメントは、正社員の手当を無くすのではなく、非正規にも与えよ、下にではなく、上に合わせろというものだ。普段ネットの意見をみてると、自己責任とか国や社会に甘えるななどの意見が大半なのに、この件に関しては違うようで炎上しているのが私にはよく分からない。

だって、国や自治体に例えて考えればわかるけど、財源がないのに福祉や公共サービスを充実させろと言ってるのと同じだよね?そんなのできるわけ無いじゃん。結局文句言ってる人たちも格差是正なんてどうでもよく、自分たちの待遇が悪くなるのが受け入れられないから文句言ってるんだけなんだよね。当然といえば当然だけど。

私は企業の解雇規制が撤廃され、副業が解禁されれば、労働の流動性があがり、もっとインディペンデントな生き方ができると思うけど、多くの人は規制に守られる中で生きて行くことを望んでいるみたい。働き方改革を推進するため、いろいろな施策を考えているようだけど、一番必要なのは働き手の意識改革だなと改めて思った。

正社員の待遇下げ、格差是正 日本郵政が異例の手当廃止

【駄文】野球観戦と野次の一考察

春は新年度の始まりで気持ちを新たにしたり、新入学、新入社と新たな挑戦のスタートでもある。そしてまた、プロ野球の開幕でもある。

私は高校まで野球をやっていたこともあり、野球が大好きで最初の会社には「アピールプレイ」という名をつけ、今の個人事業には「フルスイング」という屋号をつけている。また、日常の中でも野球用語をよく使う。例えば、ラッキーな形で受注した案件は「ぽてんヒット」と呼んだりする。それくらい野球が人生の一部になっているのだ。

さて、開幕早々残念なことが話題になっている。

広島戦で「原爆落ちろ」のやじ中日応援席から

昭和の時代から野球を観てるから野次も野球のひとつと思っているが、これは野次ではなく、人として言ってはいけないことだろう。物事には越えてはいけない一線というものがある。サッカーだとその辺は割りとルール化されていそうだけど、野球はこういうところホント遅れてるんだよな。

ところで先日、動画サイトでベイスターズの試合を観ていて、あまりにもクソ試合だったのでコメント欄で野次ってたら、そんな事を言う人は本当のファンではないみたいな事を言われた。まあ気持ちは分かるんだけど、30年以上ベイスターズファンをやっているとそうじゃないんだよね。内容の悪い負け方して「仕方ない。明日頑張れ!」って言い続けた結果、ベイスターズ暗黒の10年になってしまったんだよ。やはり、ベイス★ボール(エラーやミスで自滅する野球)はしっかり野次らないとダメなんだよ。

もちろん、大人しくみるのも自由だから野次る自由も認めて欲しい。あと野次るのが許せないのなら、そんなのファンじゃないと言うとこう言う反論されるから、野次ってる人には「ホントは応援しているんでしょ?」と優しく言ってみよう。そうすれば図星過ぎて反論できないから。

もうよく分からんからまとめると、野次る人も、頑張れと言い続ける人もチームを愛していること、勝利を目指しているというのは共通だから一緒に盛り上がって行こう!

どうでもいいけど、ベイスターズ弱すぎww

40半ばで思うこと

40歳を過ぎ、人生折り返し地点を超てからだろうか、歳を取ることが成長の喜びではなく、衰えに感じてしまう。さらに描いていた44歳の自分像と今の自分とのギャップに苦しんだりする。

最近いろいろなことがあり、ついネガティブな感じから入ってしまったが、比較的元気です。実際歳を取るということは思っていたより悪いことでもない。

例えば、私が大人になったなあと感じるのは、他人と比較しなくても自分なりの喜びを見いだせるようになったことだ。

若い頃はアイツは年収いくらだとか、いい女を連れているという話を聞くとムカついたり、嫉妬にしたり、心の中でF○UK!とか叫んでいたけど、今は他人と比べなくても昨日の自分より今日成長できたことに喜びを感じたり、他人の成功も一緒に喜ぶことができる。この肩の力を抜くことを覚えたのは歳を取ったからだろう。

一方、気をつけなければいけないと思っていることもある。歳を取り、いろいろな経験を重ねると物事の展開がある程度予測できてしまうので、これは失敗するとかリスクが高いということがまず頭に浮かんでしまう。リスクヘッジという意味ではいい方向に働くが、新しいことにチャレンジするという点ではマイナスに働く。

私はこれを一番恐れている。幸い起業に失敗したり、人生でいろいろやらかしたりしているので、失敗の恐怖に対し鈍感になっていて、普通の人よりチャレンジすることに躊躇はなけど、若いころには進んで手を挙げてやっていたこともリスクを鑑みて尻すぼみになってしまったこともあった。

今後はお伝えしたように大阪でのチャレンジに全力を注ぐつもりだが、同時に常に新しいことにチャレンジしている状態を継続していこうと思う。

最後に敬愛するアントニオ猪木の言葉で締めくくる。

人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いてゆくのだと思います。 この道を行けばどうなるものか。 危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。 踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。 迷わず行けよ、行けばわかるさ ありがとう!

長文駄文、失礼しました。